ポコっとしたあいつ⑴

私の頭にはとんでもないやつが巣食っている。
普段は大人しくしていて、こちらもその存在をすっかり忘れているのだけど、そいつがひとたび暴れ始めると宿主の私は終日振り回されてしまう。

そいつが愚図りはじめる周期は決まっていて、たいてい季節の変わり目か生理周期に依存する。かれこれ丸3年は翻弄されていた。

比喩ではなく、そいつは私の頭に、もっといえば後頭部に巣食っていた。その名は「粉瘤」……その名前に馴染みがない人も多いかもしれないが、たいして珍しいものでもない。もしかしたら、気づいていないだけであなたの体にもあるかもしれない。

粉瘤とは、大雑把に言うと皮膚の表面が皮膚の中に入って袋を形成してしまったような状態だ。皮膚の中に皮膚の外があるので、皮膚の中に垢やら皮脂やらが溜まってしまう。しこりのようなものを形成するだけのこともあるし、そこが感染して腫れることもある。吹き出物のようにある日潰れることもあるし、開口部から徐々に老廃物が排出されて気づかれないままであることもある。ひとつ言えることは、粉瘤がいつの間にかなくなるということは基本的には無いということである。

医学部では、3〜4年生で初めて皮膚科の講義を受けることが多い。その時には当然粉瘤の存在を見聞きすることになるが、テストに出やすいトピックスではなく、授業に占めるウェイトは低い。
にも関わらず(さらに言えば私は勉強熱心な医大生とは言い難いにも関わらず)、私は自分の後頭部に宿り私を悩ませるそいつの名前を昔からよく知っていた。
それも、講義や勉強ではなく小学生のときに図書館で読んださくらももこのエッセイで知っていたのだった。皮膚科で粉瘤を絞り出されるシーンは笑いを交えながらもかなり痛そうだったことが強烈で、その皮膚疾患の名をくっきりと記憶してしまったのだった。(※粉瘤の治療は中身を絞るだけでは対症療法に過ぎず、袋ごとオペで摘出するのが標準治療であるとされている。)

私の粉瘤(らしきもの)は皮膚が厚い部位に出来たこともあり、潰れるでもなく、度々感染を繰り返していて厄介な存在だった。
長らく放置していたのだが、あるとき大きめの試験を控えた私は、なんだか急に粉瘤(仮)の存在がうっとおしく思えてきた。それまで数年にわたり放置していたのにも関わらず、急に一念発起して皮膚科に臨んだ。逃避行為がやけに活動的なのは私の行動パターンで、何度となく痛い目を見ているのだが、今回は自ら物理的に痛い目に遭いにいこうというのだから、逃避行為も極まってきたものである。

私が向かった皮膚科は駅前にあって中々賑わっており、女性医師が運営しているクリニックで、多少なら観血的な処置も行ってくれるようだった。
15分ほどの待ち時間の後、簡単な診察を経て女医は私に所見を述べた。
「血管が多いとこだしここじゃできないわゴメン」
斯くして、粉瘤ミッション第一弾は終了した。
悔し紛れに、ヒルドイド軟膏を処方してもらって帰った私であった。

(つづく)